大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)949号 決定 1988年4月20日
申請人
戸田文明
右訴訟代理人弁護士
戸谷茂樹
同
岩嶋修治
同
出田健一
同
横山精一
同
田島義久
被申請人
学校法人四天王寺学園
右代表者理事
森田禪朗
右訴訟代理人弁護士
西山要
同
白井美則
同
岸本昌己
同
山崎武徳
主文
一 申請人が被申請人との間で、被申請人の設置する四天王寺国際仏教大学の教育職員の地位にあることを仮に定める。
二 被申請人は、申請人に対し、金六七三万九〇六一円及び昭和六三年四月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二二日限り一か月金三二万九四八〇円の割合による金員を仮に支払え。
三 申請人の本件その余の仮処分申請を却下する。
四 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 主文第一、四項と同旨
2 被申請人は、申請人に対し、金六七三万九〇六一円及び昭和六三年四月二二日以降毎月二二日限り金三二万九四八〇円を仮に支払え。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 本件申請をいずれも却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当裁判所の判断
一 被保全権利について
1 当事者
被申請人が聖徳太子の精神に則つて学校教育を行うことを目的としている学校法人であり、その目的を達成するために四天王寺国際仏教大学文学部(以下、大学という。)四天王寺国際仏教大学短期大学部(以下、短大という。)などの私立学校を設置していること、申請人が昭和五八年四月一日被申請人に雇用され、以来大学の専任講師として主として歴史学の授業などを担当してきた教育職員であることは当事者間に争いがない。
2 本件解雇の意思表示
被申請人が、申請人に対し、昭和六二年二月一三日、「申請人は、(ⅰ)被申請人が学生に対する宗教教育の一環として毎週木曜日に行つており、教育職員にもその出席を義務づけている『礼拝・瞑想』及び『礼拝・写教』(以下、木曜礼拝という。)への出席状況が極めて不良であるほか、(ⅱ)昭和六一年一月二四日副学長が昭和六一年度の授業科目の担当を指示するから出頭するようにと命じたのにこれを拒否したが、右行為は別紙1記載の被申請人の就業規則第五条、第五七条、教育職員の採用・就業に関する規程第四条、就業規則第六八条第一号及び第三号に該当する。」として、就業規則第六五条第六号を適用し、懲戒解雇の意思表示をした(以下、本件解雇という。)ことは当事者間に争いがない。
3 本件解雇の効力
申請人は、本件解雇が無効であると主張し、その理由として、(イ)憲法第二〇条、民法第九〇条違反、(ロ)労働基準法第三条違反、(ハ)処分手続違反、(ニ)解雇権の濫用、(ホ)不当労働行為等を挙げるので、まず、解雇権の濫用について判断する。
(一) 当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、被申請人は、授業担当者の決定を人事権の範囲内に属するとして、主任又は学科長の意見を聴取するものの、大学当局において一方的にこれを定め、各担当者には原則としてその結果のみを通知していたものであるところ、申請人は、昭和六一年一月二四日副学長による担当授業通知のための呼出しに応じなかつたこと、申請人が、別紙2出席状況一覧表記載のとおり木曜礼拝に出席しなかつたことを一応認めることができる。
(二) ところで、当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、昭和六一年一月当時、木村敬子及び豊田薫は短大助教授、森島允子、原山煌及び石原田正廣は大学講師、松田道郎は大学助教授の地位にあつたところ(以下、右六名を本件訴外人らという。)、そのころ、いずれも副学長から申請人と同様に昭和六一年度の担当授業の通知のための呼出しがあつたにもかかわらず、これに応じなかつたこと、また、木曜礼拝に欠席を続けていた教育職員は申請人及び本件訴外人らのほかにも数多くあり、殊に、本件訴外人らは、申請人とともに四天王寺国際仏教大学教職員組合の組合員として、木曜礼拝への出席義務付けは基本的人権に対する侵害であるとの立場から、これに対する抗議の姿勢を明らかにするため、昭和六〇年一〇月ころから自然発生的に木曜礼拝に欠席を続けるようになり、その欠席の状況は別紙2出席状況一覧表記載のとおりであること、ところが、被申請人は、本件解雇と同日付で、本件訴外人らに対し、右副学長からの呼出し拒否及び木曜礼拝への不参加を理由として(もつとも、森島允子については昭和五九年一月一九日教材研究の研究報告の拒否及び海外研修留学命令の拒否、松田道郎については正当理由のない休講、石原田正廣については昭和六一年一一月二八日入学試験採点業務に一時間の遅刻の懲戒事由を付加している。)二か月間の停職処分に付している事実を一応認めることができる。
(三) 右(一)及び(二)の事実によれば、申請人の本件解雇事由と本件訴外人らの停職処分事由とは同一であるにもかかわらず、その処分内容は、申請人のみが極めて重い処分となつていることが明らかである。
したがつて、申請人と本件訴外人らとの処分内容を異にすべき特段の事情を認めるに足りる疎明資料のない本件にあつては、本件解雇は著しく均衡を失した違法な処分と解するのが相当である。
もつとも、被申請人は、申請人については木曜礼拝に出席をすることがその採用の条件とされているからその点で他の懲戒処分を受けた者とは事情が異なると主張をし、当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、被申請人は、申請人と雇用契約を締結するにあたつて、当時教育職員らの木曜礼拝への出席状況がよくなかつたことから、申請人からは「今般貴学園に奉職するにあたり、貴学園の建学の精神である聖徳太子の仏教精神をよりどころとして教育を行い、貴学園就業規則、その他の諸規程、命令を遵守し、忠実に職務を遂行することを誓います。」との不動文字で記載した誓約保証書を差し入れさせ、また、その際、水尾副学長において木曜礼拝に出席をしてもらいたいとの要請をしていた事実も一応認めることができるが、他方、疎明資料によれば、前記教育職員の採用・就業に関する規程第四条は昭和六一年一一月一七日から施行されたものであつて、当時は教育職員の木曜礼拝について未だ明文化されてはおらず、また、審尋の全趣旨によれば、申請人においても、右出席要請の趣旨を十分に認識することのないまま形式的に右保証書を差し入れ、その要請を聞いていたと推認されるから、これらを総合して勘案すれば、右をもつて申請人とその余の者との著しい処分の相違を理由づけることは相当でない。
(四) ところで、本件解雇の効力をめぐつては、その前提として、木曜礼拝への出席が就業規則上の義務であるかどうかが重大な争点であるところ、右義務を被申請人主張のように解し得るかについては必ずしも明確でなく、むしろ大いに問題の存するところではあるが、仮に、木曜礼拝への出席が当事者間の雇用契約に由来して発生する何らかの義務と解される余地があるとしても、その性質論はさておき、以上説示してきたところによれば、本件解雇は著しく均衡を失し、少なくとも解雇権の濫用にあたることが明らかであるから、本件解雇は無効であるといわなければならない。
4 賃金
当事者間に争いのない事実及び審尋の全趣旨によれば、被申請人の賃金は毎月二二日払いであることと、申請人が昭和六二年二月分以降として支払を受けるべき金員は次のとおりであること及び被申請人は申請人に対し昭和六二年二月一三日までの賃金として金一四万五五〇八円及び解雇予告手当名目で金二八万五八九〇円(被申請人は右を金二九万二八九〇円であると主張するが、これを認めるに足りる疎明資料はない。)を支払つたのみで、同月一四日分以降の賃金は支払つていないことをそれぞれ一応認めることができる。
記
(イ) 昭和六二年二月及び三月分
―一か月あたり金三一万三四〇〇円―
本給 金二五万九九〇〇円
調整手当 金二万五九九〇円
住宅手当 金七〇〇〇円
通勤手当 金二万〇五一〇円
(ロ) 昭和六二年四月及び五月分
―一か月あたり金三一万七五八〇円―
本給 金二六万三七〇〇円
調整手当 金二万六三七〇円
住宅手当 金七〇〇〇円
通勤手当 金二万〇五一〇円
(ハ) 昭和六二年六月ないし九月分
―一か月あたり金三一万九〇五〇円―
本給、調整手当、住宅手当
(ロ)と同一
通勤手当 金二万一九八〇円
(ニ) 昭和六二年一〇月ないし一二月分
―一か月あたり金三一万九四七〇円―
本給、調整手当、住宅手当
(ロ)と同一
通勤手当 金二万二四〇〇円
(ホ) 昭和六三年一月ないし三月分
―一か月あたり金三二万九四八〇円―
本給 金二七万二八〇〇円
調整手当 金二万七二八〇円
住宅手当 金七〇〇〇円
通勤手当 金二万二四〇〇円
(ヘ) 昭和六二年三月二三日に支給される年度末手当(六一年度三月分)
金二四万八五九〇円
(ト) 昭和六二年七月一七日に支給される夏賞与
金七七万三八四七円
(チ) 昭和六二年一二月八日に支給される冬賞与
金一二〇万四五九九円
(リ) 昭和六三年三月二二日に支給される年度末手当(六二年度三月分)
金二五万九八九〇円
(ヌ) 昭和六二年四月に支給される教育研究費
金二〇万
よつて、申請人は、被申請人に対し、既往の分として左記記載のとおり金六七四万〇五三八円及び昭和六三年四月から毎月二二日限り金三二万九四八〇円の賃金の支払を受ける権利を有することが一応認められる。
記
{(313,400−145,508)+313,400+317,580×2+319,050×4+319,470×3+329,480×3}+(248,590+773,847+1,204,599+259,890)+200,000−285,890=6,740,538
二 保全の必要性
審尋の全趣旨並びに前認定の事実により認められる本件紛争の経緯及び申請人の職務の内容に照らすと、本件においては、申請人の大学における教育職員としての地位を保全する必要が認められるし、また、疎明資料によれば、申請人は、被申請人からの賃金収入によつてその生計を維持し、研究生活を支えていた者であつて、本件解雇の意思表示後は大阪私学教職員組合から毎月約二一万円を借り受けるなどしてようやくにその生活を維持してきた事実を一応認めることができることに照らすと、賃金の支払いについては、記録上本件仮処分申請が昭和六二年三月七日になされていることが明らかであるから、この点を考慮して、既往の分(昭和六二年二月一四日以降の分)を含めて、一時金を含む全額についてその支払を受ける必要性があるが、その期間としては、本件事案の性質上、本案の第一審判決言渡しの時までとするのが相当である。
三 結論
以上のとおりであつて、本件仮処分申請は主文第一、二項の限度で理由がある(ただし、賃金仮払いの申請のうち既往の分については一部申請となつている。)から、事案に鑑み、保証を立てさせないでこれを認容し、その余を失当として却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官田畑豊 裁判官石田裕一 裁判官藤本久俊)
別紙1
就業規則第五条
職員はこの規則のほか、学校法人四天王寺学園の定める諸規定を遵守し、所属長及び上長の指示、命令に従い、大学の秩序保持に努めるとともに、協働してその職務を忠実に遂行しなければならない。
同 第五七条
職員は、学長の命ずる研修及び教育訓練、講習等(以下研修等という)に参加しなければならない。
② 研修等の計画及び実施については、必要に応じてその都度定める。
③ 研修等に従事する時間は勤務とみなす。
教育職員の採用・就業に関する規程第四条
教育職員は、大学建学の精神を体し、豊かな人間性と幅広い教養を身につけ、国際的視野に立つて活動できる、前途有為の人材の育成に努めなければならない。
② 教育職員は、礼拝の日には瞑想・写経の何れかに出席し、学生の教育指導にあたらなければならない。
③ 教育職員は、講義・演習・講読・実技・実習等による学生の教育、指導にあたつては、その内容・方法につき絶えず研修、研究を行ない、その実効を期さなければならない。
就業規則第六八条
職員が次の各号の一つに該当する行為があつた場合には、これに対し懲戒処分を行なうものとする。
① 本学の建学の理念、及び教育方針に違背する行為のあつた場合
③ この就業規則に規定する職員の遵守事項並びに誓約書の諸事項に違反し、学内の秩序を乱した場合
同 第六五条
懲戒の種類は次のとおりとし、非行の軽重、情状等を考慮して決定する。
1 戒告 始末書を提出させ訓戒する。
2 減給 一日以上三か月以下給料月額の十分の一以下を減給する。
3 停職 一日以下三か月以下の期間を定めて停職する(停職期間中の給与は支給しない)。
4 降格 職制組織の役位から降格する。
5 論旨解雇 論旨により解雇する。
6 懲戒解雇 予告期間を置かず即時解雇する。
別紙2
別紙2
出席状況一覧表
氏名
出席状況
昭和六〇年六月六日から同六一年六月五日まで二八回のうちの出席数
同六一年六月一二日から同六二年一月二二日まで一八回のうちの出席数
計
1
申請人
五回
全員〇回
五/四六
2
木村敬子
一三回
一三/四六
3
森島允子
三回
三/四六
4
原山煌
二回
二/四六
5
松田道郎
二回
二/四六
6
豊田薫
六回
六/四六
7
石原田正廣
二回
二/四六